ちくわ天
「ちくわ天」が完成するまでににかかっている手間がすごい。
魚をすりつぶして、棒に付けて焼いて、それに小麦粉と卵を混ぜたタネを付けて、油で揚げたのだ。完成品をもう一度調理していてすごい。
おそばのトッピングに収まっている器ではない。
おでんの「もち巾着」もすごい。もち米を炊いて、ついて、丸めたものを、大豆を粉砕して、煮て、濾して、固めたものを、薄く切って、油で揚げたものに包んで、おでんのだしで煮たもの…!!である。
いただきますを言う時に何人に感謝したらいいのだ。
途方もなくて食べられない。
もう震えながら泣くしかない。
しかしそんな事を言ったら「カツカレー」もすごい。
なんだかすごい手間をかけて作った各種スパイスを、すごい手間の末に見つけたバランスで混ぜて作ったルーを、野菜を煮込んだものに入れてまた煮込み、お米を炊いたものの隣に盛り付け、その上に、牛肉にパン粉などを付けて、油で揚げたやつを乗せたもの(!!)である。
考え出したらくらくらしてきたので色々省略した。
なんかもう、猟奇的ですらある。
僕はニュースでストーカーについて報道されるとその恐ろしいまでの執着やこだわりに「うわあ、怖いなあ」と思うけど、カツカレーを見ても「うわあ、怖いなあ」と思ったことはなかった。
だけど同じだ。「恐ろしいまでの執着」という意味では。
こんなにおいしさにこだわって作ったカツカレーがあるのに、お刺身の方が食べたくてお刺身食べる時もある。
この猟奇を平然と無視して別の選択をする、という行動もまた猟奇的に感じる。